全ての音楽の究極の目的と理由は、神の栄光と魂の再創造にほかならない。これが守られないところには、真の音楽はなく、地獄のような騒音と喧騒があるのみである。
バッハ
原文(出典原語):The aim and final end of all music should be none other than the glory of God and the refreshment of the soul. Where this is not observed there will be no music, but only a devilish hubbub.
この名言の背景
この言葉は、バッハが通奏低音(ゲネラルバス)の教則本の冒頭に書き記した銘文です。ドイツ語原文「Und soll wie aller Musik also auch des Generalbasses Finis und Endursache anders nicht als nur zu Gottes Ehre und Recreation des Gemütes sein.」として、Wikiquote、Ludwig Prautzsch『Bibel und Symbol in den Werken Bachs』、Albert Schweitzer『J.S. Bach』等の複数の一次資料研究で確認できます。
バッハはルター派の敬虔な信者でした。彼のほぼすべての楽譜の末尾には「S.D.G.(Soli Deo Gloria、唯一神の栄光のために)」と記されています。音楽は彼にとって神への奉仕であり、同時に聴く人の魂を生き返らせる手段でした。
興味深いのは、彼が「真の音楽でないもの」を明確に定義したことです。神への栄光と魂の更新を目的としない音楽は、単なる「地獄のような騒音(devilish hubbub)」に過ぎない、と。これは宗教的な立場からの発言ですが、音楽の役割を根本から問い直す声明でもあります。
目的|何のための音楽か、何のための仕事か
バッハの言葉は、現代の私たちにも深い問いを投げかけます。自分のやっている仕事、作っているもの、語っている言葉――それらは「何のために」存在するのか。この「最終的な目的」が明確な人は、揺らがずに長く続けることができます。
バッハにとって、音楽の目的は神への栄光と魂の更新でした。現代の私たちは必ずしも同じ神を信じなくても、自分なりの「究極の目的」を持つことはできます。人の役に立つ、社会をよくする、次世代に何かを残す――目的は人それぞれで構いません。
重要なのは、目的を持たない仕事は「地獄のような騒音」になりかねないというバッハの警告です。忙しく動き回っていても、何のためか分からないまま続けていると、それは自分にも周囲にも騒音でしかなくなります。
この名言から学べること
自分の仕事、毎日の活動に「最終的な目的」を問い直してみること。お金や評価のためだけに動いていると、いずれ心が疲弊します。もっと高い何か――他者の幸福、真理の探求、美しいものの創造――が背後にあると、仕事は「音楽」になります。
バッハが示したのは、目的の高さが仕事の質を決めるという真実です。同じ行為でも、何のためにするかで、それが「音楽」になるか「騒音」になるかが分かれます。日々の営みを、意味ある「音楽」に変えていきたいものです。