人を用ふるの者は、能否を択ぶべし、何ぞ新故を論ぜん

──織田信長

この名言の背景

この言葉は『名将言行録』に収められた信長の人事観を示す発言です。「人を用いる者は、能力の有無で選ぶべきだ。仕えた年数の長短を論じる必要はない」という意味になります。

戦国時代以前の武家社会では、家柄や譜代の関係が人事の最優先事項でした。代々仕えてきた家臣を重用し、新参者には重要な役目を任せないのが一般的だったのです。

信長はこの伝統を真っ向から否定しました。その象徴が、農民出身の木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)と、他家から移ってきた明智光秀の大抜擢です。二人は最終的に方面軍司令官にまで昇りつめます。

実力主義の革命|秀吉・光秀抜擢の裏にあった思想

なぜ信長は実力主義を徹底できたのでしょうか。背景には戦国乱世という過酷な現実がありました。生き残るためには、血筋ではなく結果を出せる人材が必要だったのです。

一方で信長は、長年仕えた重臣でも結果を出せなければ容赦なく追放しました。佐久間信盛や林秀貞の追放事件は、その厳しさを象徴しています。年功序列を排した合理主義の裏面です。

この人事哲学は信長政権の強さの源泉でした。能力ある者が正当に評価される環境が、多くの有能な人材を引き寄せ、織田家の急成長を支えたのです。

この名言から学べること

この言葉が教えてくれるのは、組織の活力を生むのは公正な評価だということです。誰がやっても同じ評価では、優秀な人材は力を発揮できません。

現代の企業経営でも、実力主義と年功序列のバランスは永遠の課題です。信長が500年前に示した「能力で選ぶ」という原則は、今もなお組織運営の基本原則として通用します。

ただし、実力主義は厳しさと表裏一体です。信長の成功と悲劇の両面を見ることで、私たちは人事と組織のあり方について、より深く考えることができるでしょう。