侍中より地下人、百姓等に至る迄、何も不便に存ぜらるべく候。惣別、人に捨りたる者はこれなく候

──北条氏綱

この名言の背景

この言葉は、北条氏綱が天文10年(1541年)、嫡男・氏康に残した「北条氏綱公御書置」第二条に記された原文の冒頭です。『武家家訓・遺訓集成』に収録され、Wikisourceでも全文を確認できる、小田原北条氏の民政理念を示す重要な文言です。

現代語訳すると「侍から下層民・百姓に至るまで、どのような身分の者であっても不憫に思い大切にしなさい。総じて、人として見捨てられる者などいないのだ」という意味になります。

戦国の世において、身分制度は絶対的なものでした。そのなかで氏綱は「侍も百姓も同じく大切な人間だ」と明言したのです。小田原北条氏が領民から支持された理由の核心が、この一文に表れています。

全ての人に価値あり|氏綱の民政哲学

なぜ氏綱はこのような民政思想を持てたのでしょうか。父・早雲が『早雲寺殿廿一箇条』で示した家臣道徳を受け継ぎ、さらに領民全体へと視野を広げた結果だと考えられます。

原文はさらに「器量・骨格・弁舌・才覚人にすぐれて、天晴能侍と見る処、思ひの外、武勇無調法の者あり。又、何事も不案内にて、人のゆるしたるうつけ者に、武道には剛強の働きする者、必ずある事なり」と続き、人材の多様性を深く論じています。

この民政理念は氏康の公事赦免令(天文19年)へと受け継がれ、税制改革と目安箱設置による徳政政策として結実しました。小田原北条氏が関東で100年にわたって支持された基盤は、氏綱のこの思想にあったのです。

この名言から学べること

この教えが示すのは、すべての人間に価値があるという普遍的な真理です。どのような身分、職業、立場の人であっても、軽んじていい存在などない。この視点こそが、真のリーダーシップの基盤です。

現代の組織でも、地位や役職で人を判断する上司と、一人ひとりを大切にする上司では、組織の活力に決定的な差が生まれます。氏綱の500年前の教えは、現代のマネジメントにも通じる金言です。

「人に捨てられる者はいない」という氏綱の言葉は、今日の多様性社会にも響きます。すべての人の可能性を信じ、大切にする姿勢こそが、時代を超えて続く組織と社会を築く礎となるのです。