私の主人たちは、音楽にほとんど無頓着な奇妙な人々だ。
バッハ
原文(出典原語):My masters are strange folk with very little care for music in them.
この名言の背景
この言葉は、バッハがライプツィヒ市当局との関係について書き残した率直な言葉です。『The Bach Reader』(David and Mendel編、1945年、W.W. Norton社)や複数の音楽史研究で引用されている、バッハの職業生活の苦労を示す一句です。
バッハは1723年から没する1750年まで、ライプツィヒの聖トーマス教会カントル兼市音楽監督を務めました。その給料と待遇は、市当局との交渉で決まりました。しかし市当局は商人たちの組織で、音楽の価値を深く理解する者は少なかったのです。
バッハは職務上、毎週新作のカンタータを書き、複数の教会で合唱団を指揮し、学校で音楽を教える膨大な仕事を抱えていました。それに対する市当局の対応は、予算削減の提案、楽譜購入費の節約要求、才能の乏しい生徒の入学許可などでした。彼の不満の爆発が、この言葉に集約されています。
理解されない苦しみ|本物は常に誤解されるのか
バッハの苦労は、全ての専門家に共通する苦労です。自分の専門分野の価値を、非専門家である上司や周囲に理解してもらうのは難しい。音楽、学問、芸術、技術――どの分野でも、この「理解されなさ」は繰り返されます。
バッハの時代のライプツィヒ市当局を、現代の企業経営陣や行政の予算担当者に置き換えても、同じ構図が見えます。お金の流れを見る人と、中身の価値を見る人は、しばしば別の人間です。両者の対話はすれ違いがちです。
しかし、この言葉を残したバッハが、今なお人類最高峰の作曲家として讃えられているという事実に注目すべきです。当時の市当局は歴史の中で忘れられ、バッハだけが残った。長い時間が、価値の真偽を決めることもあるのです。
この名言から学べること
自分の仕事が理解されないと感じるとき、この言葉を思い出してみてください。バッハですら、同じ苦労をしていました。むしろ、本物ほど同時代には理解されないことが多いのかもしれません。
しかしバッハは、理解されない中でも毎週のカンタータを書き続けました。愚痴を言いながらも、自分の仕事の水準は落とさなかったのです。上司や周囲の理解不足に対する最良の答えは、仕事の質で応えること。長い時間が、本物を浮かび上がらせてくれます。